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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3975号 判決 1991年9月12日

控訴人

株式会社マコト企業

右代表者代表取締役

江原正博

右訴訟代理人弁護士

伊藤卓蔵

高芝利仁

被控訴人

株式会社福田工務店

右代表者代表取締役

福田四郎

被控訴人

株式会社福田ビル

右代表者代表取締役

福田四郎

右両名訴訟代理人弁護士

小川休衛

今村敬二

菅沼昌史

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する

1  被控訴人株式会社福田工務店は、控訴人に対し、金一〇三二円を支払え。

2  控訴人の被控訴人株式会社福田工務店に対するその余の請求を棄却する。

3  被控訴人株式会社福田ビルは、控訴人に対し、別紙物件目録記載(三)(ロ)の建物部分を明渡し、かつ、昭和六三年一一月八日から右明渡済みに至るまで、一か月金四六万円五九六〇円の割合による金員を支払え。

4  被控訴人株式会社福田ビルは、控訴人に対し、金九二八円を支払え。

5  控訴人の被控訴人株式会社福田ビルに対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、控訴人と被控訴人株式会社福田工務店との間に生じた費用は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人株式会社福田ビルとの間に生じた費用は被控訴人株式会社福田ビルの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人(当審において、原審の被控訴人らに対する各訴えのうち、賃貸借契約の終了、債務不履行による解除に基づく明渡請求及び損害賠償請求を取り下げた。)

1  原判決を取り消す。

2  (被控訴人株式会社福田工務店関係)

(一) 被控訴人株式会社福田工務店(以下「被控訴人福田工務店」という。)は、控訴人に対し、別紙物件目録記載(三)(イ)の建物部分(以下「(イ)の建物」という。)を明渡せ。

(二) 被控訴人福田工務店は、控訴人に対し、昭和六三年一一月八日から右明渡済みに至るまで、一か月金五一万七九三五円の割合による金員を支払え。

(三) 被控訴人福田工務店は、控訴人に対し、金二五万一一二〇円及びこれに対する昭和六一年一二月四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  (被控訴人株式会社福田ビル関係)

(一) 被控訴人株式会社福田ビル(以下「被控訴人福田ビル」という。)は、控訴人に対し、別紙物件目録記載(三)(ロ)の建物部分(以下「(ロ)の建物」という。)を明渡せ。

(二) 被控訴人福田ビルは、控訴人に対し、昭和六三年一一月八日から右明渡済みに至るまで、一か月金四六万五九六〇円の割合による金員を支払え。

(三) 被控訴人福田ビルは、控訴人に対し、金二二万五九二〇円及びこれに対する昭和六一年一二月四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

5  2項、3項につき仮執行の宣言。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、(イ)及び(ロ)の建物を含む別紙物件目録記載(一)(2)の建物(現在「八重洲第一パークビル」で以前は「第一福田ビル」といった。以下「本件ビル」という。)を所有している。

2  賃貸借契約

(一) 控訴人は、昭和五九年一二月四日、被控訴人福田工務店との間で、(イ)の建物につき、控訴人を貸主、被控訴人福田工務店を借主とし、期間を同日から昭和六一年一二月三日まで、賃料を一か月二五万一一二〇円、共益管理費を一か月七万八四七五円で、いずれも各末日までに翌月分を支払う、更新料は更新後の新賃料の一か月分を支払うとの約定による賃貸借契約を締結し(以下「本件(イ)賃貸借契約」という。)、同日、被控訴人福田工務店は(イ)の建物の引渡を受けた。

(二) 控訴人は、昭和五九年一二月四日、被控訴人福田ビルとの間で、(ロ)の建物につき、控訴人を貸主、被控訴人福田ビルを借主とし、期間を同日から昭和六一年一二月三日まで、賃料を一か月二二万五九二〇円、共益管理費を一か月七万〇六〇〇円で、いずれも各末日までに翌月分を支払う、更新料は更新後の新賃料の一か月分を支払うとの約定による賃貸借契約を締結し(以下「本件(ロ)賃貸借契約」という。)、同日、被控訴人福田ビルは(ロ)の建物の引渡を受けた。

3  法定更新

被控訴人らは、本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約の期間満了後もそれぞれ(イ)ないし(ロ)の建物の使用を継続し、本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約は法定更新された。

4  信頼関係の破壊

(一) 別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地建物(以下「本件物件」という。)は、かつては被控訴人福田ビルの所有であったものを控訴人が昭和五九年一二月四日に九億七〇〇〇万円で購入したものであるが、被控訴人らの代表取締役である福田四郎は、本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約締結後、近時の地価上昇を受けて、本件物件の売買を後悔し、控訴人に対し、売り戻しないし再売買の申し入れをするようになった。そして、控訴人がこの申し入れを断ったにもかかわらず、福田四郎は、なおも再売買に固執し、政治家を介して控訴人に圧力をかけたり、代議士を伴って控訴人の融資元である協同住宅ローン株式会社に押し掛けて控訴人が再売買に応じるよう圧力をかけようとし、また、控訴人の主要金融機関に押し掛けて控訴人の信用を低下させようとしたほか、政治団体、東京の右翼、関西のヤクザ等を通して控訴人に威圧を加えようとするなど、種々の背信的な行為を行ってきた。

(二) 右福田四郎は、それまでの前記再売買の申し入れを飛躍させ、そのような事実がないことをよく知りながら、敢えて前記本件物件の売買契約の際に買い戻しの特約があったと虚構の事実を主張し、被控訴人福田ビルを原告、控訴人を被告として、東京地方裁判所に、本件物件についての所有権移転登記手続等を求める訴訟を提起した(同裁判所昭和六一年(ワ)第一六〇九九号事件、以下「別件訴訟」という。)。

このため、控訴人は、右別件訴訟に対する応訴を余儀無くされたばかりでなく、同訴訟の提起に伴い本件ビルを含む本件物件に所有権抹消予告登記が付されたため、控訴人の融資元等に対する信用は失われ、更には、本件物件を担保に供することもできなくなり、控訴人は極めて甚大な被害を被った。

なお、別件訴訟は、昭和六三年七月一五日、請求棄却の判決が言い渡され、被控訴人福田ビルが控訴したものの、平成元年一〇月三〇日控訴棄却の判決が、また平成二年三月九日には上告棄却の判決がなされた。

(三) 右福田四郎は、控訴人が本件物件を売買により取得した行為につき、これを「サギ商法」、「乗っ取り事件」とし、本件物件の売買に全く関与していない当時の運輸大臣があたかも関与したかの如き記事を、昭和六二年一二月八日付の「国民新聞」紙上に掲載させた。

(四) 右被控訴人らの行為は、賃貸人である控訴人と賃借人である被控訴人らとの間の信頼関係を破壊する行為である。

5  控訴人は、昭和六三年一一月七日の原審第一一回口頭弁論期日において、同日付の控訴人の準備書面を被控訴人ら訴訟代理人に交付することによって、被控訴人らに対し、本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約をいずれも右信頼関係破壊を理由として解除する旨の意思表示をした。

6  よって、控訴人は、右本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約の解除による返還請求として、被控訴人福田工務店に対しては(イ)の建物の明渡しを、被控訴人福田ビルに対しては(ロ)の建物の明渡しをそれぞれ求めるとともに、右解除の日の翌日である昭和六三年一一月八日から右各明渡済みに至まで賃料・共益管理費相当の損害金として、被控訴人福田工務店に対しては一か月五一万七九三五円(同年一一月八日時点での適正賃料相当額四三万九四六〇円と共益管理費相当額七万八四七五円の合計)の割合による金員の支払を、被控訴人福田ビルに対しては一か月四六万五九六〇円(同日時点での適正賃料相当額三九万五三六〇円と共益管理費相当額七万〇六〇〇円の合計)の割合による金員の支払をそれぞれ求め、かつ、いずれも未払更新料請求として、被控訴人福田工務店に対し二五万一一二〇円及びこれに対する弁済期である昭和六一年一二月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人福田ビルに対し二二万五九二〇円及びこれに対する同日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2(一)  同4(一)の事実のうち、本件物件がかつては被控訴人福田ビルの所有であったものを控訴人が昭和五九年一二月四日に九億七〇〇〇万円で購入したものであること、福田四郎が被控訴人らの代表取締役であることは認め、その余の事実は否認する。

被控訴人福田ビルと控訴人との本件物件の売買契約は、買戻特約付きのものであり、被控訴人らが特約の履行を求めるのは当然のことである。

(二)  同4(二)の事実のうち、被控訴人福田ビルが控訴人を被告として東京地方裁判所に本件物件についての所有権移転登記手続を求める別件訴訟を提起したこと、右訴訟提起に伴い本件物件に所有権抹消予告登記が付されたこと、別件訴訟は、昭和六三年七月一五日に請求棄却の判決が言い渡され、被控訴人福田ビルが控訴したものの、平成元年一〇月三〇日控訴棄却の判決が、また平成二年三月九日には上告棄却の判決がなされたことは認め、その余の事実は否認する。

賃貸借契約における信頼関係の基礎は、賃料の支払と賃借物の適正な使用であり、本件において、被控訴人らは、各賃貸借契約における賃料を支払い、(イ)及び(ロ)の建物を適正に使用してきており、何ら信頼関係の破壊はない。別件訴訟の提起は、本件各賃貸借契約とは、別個の売買契約の買戻特約の成否に関するものであり、本件賃貸借契約における信頼関係に影響を与えるものではない。

(三)  同4(三)の事実は否認する。

(四)  同4(四)の主張は争う。

3  同6の主張は争う。

三  抗弁(更新料について)

被控訴人らは、控訴人に対し、昭和六一年一二月二九日、更新料として、それぞれ從前の各賃料の一か月分を銀行送金により支払っている。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、被控訴人らが控訴人に対して昭和六一年一二月二九日にそれぞれ従前の各賃料の一か月分を銀行送金してきたことは認め、その余の事実は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、まず信頼関係破壊による解除の成否について判断する。

1  請求原因4(一)の事実のうち、本件物件がかつては被控訴人福田ビルの所有であったものを控訴人が昭和五九年一二月四日に九億七〇〇〇万円で購入したものであること、福田四郎が被控訴人らの代表取締役であること、同4(二)の事実のうち、被控訴人福田ビルが控訴人を被告として東京地方裁判所に本件物件についての所有権移転登記手続を求める別件訴訟を提起したこと、右訴訟提起に伴い本件物件に所有権抹消予告登記が付されたこと、別件訴訟について、昭和六三年七月一五日に請求棄却の判決が言い渡され、被控訴人福田ビルが控訴したが平成元年一〇月三〇日控訴棄却の判決が、また平成二年三月九日には上告棄却の判決がなされたことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、<書証番号略>、原審証人張江紘一の証言、原審における被控訴人ら代表者(ただし、後記措信しない部分を除く。)及び当審における控訴人代表者の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人福田工務店は、昭和三四年一〇月一日に設立された、資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被控訴人福田ビルは昭和四七年一二月一二日に設立された、資本金四〇〇万円の株式会社であって、福田四郎が被控訴人らの代表取締役に就任している。

(二)  被控訴人福田ビルは、昭和四八年一月一〇日、福田四郎が所有していた別紙物件目録記載(一)(1)及び(二)(1)の土地を購入し、同年八月には同目録(二)(2)の建物(以下「第二福田ビル」という。)を、同年九月には本件ビルをそれぞれ新築し、これらを事業上の拠点としていたが、昭和五七年九月一三日、本件物件を訴外株式会社日伸ビルに対し、買戻代金二億五〇〇〇万円、期間五年間とする買戻特約付で売却し、同月二〇日その旨の所有権移転登記とともに買戻特約の付記登記をしたが、間もなく右売買を巡って紛争が生じ、被控訴人福田ビルは、昭和五七年一〇月一四日に東京地方裁判所に提訴し、同年一一月四日に一旦右訴訟を取り下げた後、同年一一月一〇日、再度訴えを提起したものの、これも昭和五八年三月一五日に取り下げ、同年六月二二日再度訴えを提起し、昭和五八年一〇月三一日に至って漸く訴外株式会社日伸ビルとの間に合意ができ、その所有権移転登記を抹消して被控訴人福田ビルの登記名義を回復した。

被控訴人福田ビルは、右解決のための第一火災海上保険相互会社から借り入れた三億五〇〇〇万円の返済のほか、日本エステート株式会社に対しても一億円ないし二億円の債務があり、昭和五九年一一月ころには、これらの返済資金に当てるための資金繰りの必要に迫られ、本件物件をテナント付で売却することになった。なお、被控訴人福田ビルは、当時、本件ビルの八階((イ)の建物)を被控訴人福田工務店に、また九階((ロ)の建物)を福田四郎に賃貸していた。

(三)  本件物件の売買には、被控訴人福田ビルの仲介人として訴外京友ハウス工業株式会社が、控訴人の仲介人として訴外全建企画株式会社及び同共済興産株式会社がそれぞれ関与し、双方の希望する売買条件等を聴取し、事前に売買契約書案を示し、被控訴人福田ビル及び控訴人ともこれを十分検討する機会を持ったうえで昭和五九年一二月四日に本件物件の売買契約が締結された。

その際、被控訴人福田ビルの代表取締役である福田四郎は、右売買にあたり、本件ビルの八階を賃借していた被控訴人福田工務店及び同九階を賃借していた福田四郎個人が引き続き賃借できること、本件ビル及び第二福田ビルに設置してある「第一福田ビル」、「第二福田ビル」の各看板及び定礎を暫く取り外さず存置すること、土地の境界を現状のままとすること、これらの点については強く希望し仲介人らにもその意向を伝えていたものであるが、他面、将来被控訴人福田ビルの資産状況が回復した際に本件物件を再び取得したいとの意向も有していたものの、これは内々の意向に止まるものであった。そして、福田四郎は、本件物件売買契約当日である一二月四日の朝、被控訴人ら訴訟代理人弁護士小川休衛法律事務所を訪ねて本件物件の売買契約に関する相談をし、その際、同弁護士から契約に立ち会いたいので明後日午後四時以降にするように言われた経緯もあったが、その後、当日の売買契約を決断した。

また、福田四郎は、ビルを売却したことが外部に知られると取引関係者に対する信用問題が生ずるとして、各ビルの看板等の存置を強く希望していたところ、売買契約書案には前記その余の希望事項は記載されていたが右看板等の存置についてはその旨の記載がないため不満を抱き、仲介人である訴外京友ハウス工業株式会社の担当者に問いただすなどしたが、同人からこの点に関する覚書を作成することを告げられて結局納得し、本件物件の売買契約締結場所である訴外協同住宅ローン株式会社に赴いた。

(四)  本件物件の売買契約締結には、被控訴人福田ビル側から代表取締役福田四郎、取締役の訴外福田昭、訴外百崎公博らが、控訴人側から代表取締役江原正博、営業部長の訴外張江紘一らが、また他に仲介人である前記三社の関係者、被控訴人福田ビルの債権者、控訴人が依頼した司法書士らが出席し、売買契約書(本件物件の買戻特約に関する記載は全くなかった。)の調印、売買代金の授受、関係書類の作成など本件物件の売買契約締結の手続は、出席者から何らの異議もなく約三〇分程で終了した(なお、契約締結に際して交付された重要事項説明書には、現状有姿で引渡し、建物は賃貸中であることが明記されていたが、買戻特約に関する記載は全くなかった。)。

その間、被控訴人福田ビルと控訴人の各代表者である福田四郎と江原正博との間で、本件物件の状況及び境界等について話がなされたものの、本件物件の買い戻しに関しては何らの申出や交渉もなされなかった。

(五)  右売買契約締結終了後、福田四郎が関係書類を点検していた際、看板等の存置に関する覚書が作成されていないとして大声で仲介業者を詰問する事態が生じ、控訴人の代表者江原正博は、拘束力を有するような覚書の作成はできないが、被控訴人福田ビルの意向を汲みその希望を尊重する旨表明し、結局右覚書は作成されなかった。なお、控訴人は、その後、右意思表明に従って、二年間にわたって右看板を存置していた。

(六)  右売買契約締結後数日して、被控訴人福田ビルは控訴人に対して、将来被控訴人福田ビルの事業が回復した際には本件物件を売って欲しい旨を申し出、その後も、再三、将来本件物件を買いたい旨申し入れたが、控訴人は、本件物件は賃貸ビルとして長期の保有を前提に購入したものであり、売る意思はないとしてその都度これを断っていた。しかし、別件訴訟が被控訴人福田ビルから提起されるまでの間、被控訴人福田ビルから控訴人に対して前記弁護士等を介して正式な本件物件の買い受けの交渉がなされた形跡は窺えない。

(七)  被控訴人福田ビルは、昭和六一年一二月一一日に本件物件の売買契約には買戻特約が付いていたと主張して別件訴訟を提起し、このため控訴人は、これに対する応訴を余儀無くされ、同訴訟の提起に伴い本件物件に所有権抹消予告登記が付されたため、控訴人の融資元等に対する信用問題も生じ、別件訴訟継続中は、本件物件を担保に供することもできない状況となり、控訴人として相当な被害を被った。

以上の事実を認めることができ、<書証番号略>の各記載及び原審における被控訴人ら代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 右認定の事実によれば、被控訴人福田ビルの代表者である福田四郎は、売買契約に際して買戻特約が存するか否かは重要な事項であることを十分承知していたものであり、本件買戻特約について売買契約書や重要事項説明書に何らの記載もなされておらず、かつ売買契約締結の席上においても被控訴人福田ビルから控訴人に対し買戻特約について何らの申出や交渉もなされないまま本件物件の売買契約を締結していることが認められ、右事実によれば、被控訴人福田ビルは、本件物件の売買契約の際に買戻特約がないことを十分承知しながら右契約を締結したものと推認することができる。

そうすると、被控訴人福田ビルは、そのような事実がないことを十分知りながら、敢えて前記本件物件の売買契約の際に買戻特約があったと主張して控訴人を相手に別件訴訟を提起したものというべきものであり、そのため、前記認定のとおり、控訴人は、右別件訴訟に対する応訴を余儀無くされ、同訴訟の提起に伴い本件ビルを含む本件物件に所有権抹消予告登記が付されたため、控訴人の融資元等に対する信用問題も生じ、別件訴訟継続中は、本件物件を担保に供することもできない状況となり、控訴人として相当な被害を被ったものである(なお、別件訴訟は、第一ないし第三審まで全て被控訴人福田ビル敗訴の判決がなされている。)。

4  前記認定の事実によれば、控訴人は被控訴人福田ビル所有の本件ビルを含む本件物件を賃貸ビルの長期保有の目的で買戻特約のない通常の売買契約としてこれを購入し、被控訴人福田ビルの意向を入れて、本件ビル八階の賃借人であった被控訴人福田工務店との賃貸借契約はこれを継続する趣旨で、また九階の賃借人であった福田四郎個人との賃貸借契約は、これを被控訴人福田ビルが新たに賃借人となって引継ぎ、それぞれ本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約を締結したものである。そうすると、被控訴人福田ビルは、本件ビルの売主として、買主である控訴人の本件ビルの所有権取得を完全なものとなすべき義務があり、控訴人と被控訴人福田ビルとの右本件(ロ)賃貸借契約は、これを当然の前提として締結されたものであって、本件ビルの売買契約の趣旨と密接に関連するというべきものであり、売主である被控訴人福田ビルが本件ビル(本件物件)の買戻特約が存在するとし、これを根拠に右賃貸借契約の貸主である控訴人の本件ビルの所有権を否定する主張をしてその移転登記手続を求める訴訟を提起し、前記のとおり訴訟で控訴人と係争することは、著しく右売買契約及び本件(ロ)賃貸借契、約の当事者として、相手方との信頼関係を失わしめる行為に該当するというべきである(なお、別件訴訟の期間も、後記のとおり、控訴人が本件解除の意思表示をした昭和六三年一一月までの間でも二年近く経過しており、その間の控訴人の受けた不利益も軽視しがたいものである。)。

なお、控訴人は、被控訴人福田工務店にも信頼関係を破壊する事由がある旨主張する。

確かに被控訴人福田ビルの代表取締役の福田四郎は被控訴人福田工務店の代表取締役でもあり、被控訴人らは小規模会社で福田四郎の個人会社的側面のあることは否めないところであるが、前記別件訴訟自体は、本件物件の売主である被控訴人福田ビルが売主としての立場において訴訟を提起したものであり(したがって、被控訴人福田工務店は、別件訴訟には何ら関係していない。)、また、被控訴人福田工務店は、被控訴人福田ビルと控訴人との前記売買契約締結以前から(イ)の建物を賃借していたものである(その点では、他のテナントと同様の立場にある。)ことからすると、被控訴人福田ビルの代表取締役としての福田四郎の言動(別件訴訟)から、右福田四郎が被控訴人福田工務店の代表取締役でもあるとして、被控訴人福田工務店にも控訴人と被控訴人福田工務店との本件(イ)賃貸借契約に関して信頼関係の破壊行為があったものと認めることはできないというべきである。

5  その他の信頼関係の破壊事由について

(一)  控訴人は、請求原因4(一)で「再売買に固執した福田四郎は、政治家を介して控訴人に圧力をかけたり、代議士を伴って控訴人の融資元である協同住宅ローン株式会社に押し掛けて控訴人が再売買に応じるよう圧力をかけようとし、また、控訴人の主要金融機関に押し掛けて控訴人の信用を低下させようとしたほか、政治団体、東京の右翼、関西のヤクザ等をとおして控訴人に威圧を加えようとするなど、種々の背信的な行為を行ってきた。」旨主張する。

(1) しかしながら、政治家を介しての働き掛けについては、<書証番号略>、原審証人張江紘一の証言、当審における控訴人代表者尋問の結果によれば、福田四郎から本件物件の売買について話して欲しい旨依頼された大塚代議士が控訴人代表者にその旨打診したことが認められるものの、これが社会通念上相当とは認められない手段、方法によりなされたものと認めるに足りる証拠はない。

(2) また、控訴人主張の「福田四郎が代議士を伴って控訴人の融資元である協同住宅ローン株式会社に押し掛けて控訴人が再売買に応じるよう圧力をかけようとした。」との点についても、仮にこれが認められるとしても、その手段、方法、態様が社会通念上相当性を欠くものと認めるに足りる証拠はない。

(3) 更に、「政治団体、右翼、暴力団関係者をとおして控訴人に威圧を加えようとした。」との控訴人の主張については、証人張江紘一は原審において、控訴人代表者は当審において、それぞれ、政治団体、東京の右翼、関西の暴力団関係者等が本件物件の再売買に応ずるよう要求してきた旨右主張にそう供述をしている。

しかしながら、これらの者の言動が福田四郎の指示、意向によるものであることを認めるに足りる証拠はないうえ、右各供述によるも、暴力団関係者は、いずれも控訴人代表者から説明を受けて、一五分前後の短時間で納得して帰ったというものであり、また政治団体等の関係者も電話による要求であったというものであって、これらが控訴人にある程度の威圧を加えるものとはいえても、その態様が過度に畏怖心を生じさせるほどに悪質なものであるとは認め難い。

(二)  また控訴人は、請求原因4(三)で「福田四郎は、控訴人が本件物件を売買により取得した行為につき、これを「サギ商法」、「乗っ取り事件」とし、本件物件の売買に全く関与していない当時の運輸大臣があたかも関与したかの如き記事を、昭和六二年一二月八日付の「国民新聞」紙上に掲載させた。」旨主張する。

<書証番号略>によれば、昭和六二年一二月八日付の「国民新聞」紙上に、控訴人が本件物件を売買により取得した行為に関し、これを「サギ商法」、「乗っ取り事件」との見出しで、右売買に関与していない当時の運輸大臣石原慎太郎があたかも関与したかの如き記事が掲載されており、福田四郎が同新聞の記者の取材に応じて、本件物件の売買契約締結の経過を、別件訴訟の訴状等を示して説明したことが認められるものの、記事本文の記載は、被控訴人福田ビルが別件訴訟で主張している事実内容に概ね符号しており、かつ控訴人側の別件訴訟での反論も記載されているもので、前記見出し部分を除けば、別件訴訟の内容を紹介する記事となっていることが認められるうえ、福田四郎が別件訴訟の記事を掲載させるべく情報を右新聞社に提供したとか、殊更虚偽の見出し記事を掲載させた等の事情を窺わせる証拠はない。

(三)  控訴人が主張するその余の信頼関係破壊の事由は、右(一)、(二)で検討したとおり、これを認めることができないか、又は右認められる事実内容は、いずれも賃貸借契約関係における信頼関係を破壊するものとは未だ認められないものというべきである。

6  そうすると、控訴人の被控訴人福田工務店に対する(イ)の建物の明渡し及び明渡済みに至まで賃料・共益管理費相当の損害金の支払を求める請求部分は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、棄却すべきものである。

7  請求原因6の事実は、被控訴人福田ビルにおいて、明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

また原審証人張江紘一の証言によれば、昭和六三年一一月八日当時の(ロ)の建物の適正賃料相当額は、月三九万五三六〇円(一坪当たり一万四〇〇〇円)であることが認められる。

8  以上の説示によれば、控訴人の被控訴人福田ビルに対する、本件(ロ)賃貸借契約の解除による返還請求として、(ロ)の建物の明渡し及び右解除の日の翌日である昭和六三年一一月八日から右明渡済みに至まで賃料・共益管理費相当の損害金として一か月四六万五九六〇円(同日時点での適正賃料相当額三九万五三六〇円と共益管理費相当額七万〇六〇〇円の合計)の割合による金員の支払求める請求部分は理由があるから、これを認容すべきものである。

三更新料の請求について

1  前記のとおり、請求原因2、3の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁事実のうち、被控訴人らが控訴人に対して昭和六一年一二月二九日にそれぞれ従前の各賃料の一か月分を銀行送金したことは、当事者間に争いがない。

<書証番号略>によれば、右控訴人の銀行口座に送金された従前の各賃料の一か月分(被控訴人福田工務店は二五万一一二〇円、被控訴人福田ビルは二二万五九二〇円)は被控訴人らが控訴人に対し、本件(イ)及び(ロ)賃貸借契約の更新料の支払と指定して送金されたことが認められる。

3  そうすると、控訴人の被控訴人らに対する更新料の請求権は、弁済により消滅したものというべきである。

4  なお、右控訴人の被控訴人らに対する更新料の請求権については、<書証番号略>によれば、更新料は、期間満了の翌日に契約が更新され、そのときに支払われるものとされており、右各更新料の弁済期は更新になった昭和六一年一二月四日であるから、被控訴人らは右弁済期の翌日である同月五日から弁済日である同月二九日までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

そして、右遅滞した二五日間の遅延損害金は、被控訴人福田工務店が一〇三二円、被控訴人福田ビルが九二八円となる。

251,120×0.06×25/365=1032円

225,920×0.06×25/365=928円

5  以上の説示によれば、控訴人の被控訴人らに対する未払更新料請求は、遅延損害金として、被控訴人福田工務店に対しては一〇三二円、被控訴人福田ビルに対しては九二八円を求める限度で理由があるが、その余の部分はいずれも理由がなく、棄却を免れない。

四よって、控訴人の控訴により、これと一部結論を異にする原判決を主文のとおり変更し、控訴人のその余の各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して(なお、仮執行の宣言については相当でないのでこれを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官赤塚信雄 裁判官桐ヶ谷敬三)

別紙物件目録

(一)(1) 東京都中央区新川二丁目二〇一番一

宅地 131.99平方メートル

(2) 同所同番地一

家屋番号 二〇一番一の二

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根九階建 事務所・居宅・店舗

床面積

一階 105.77平方メートル

二階ないし七階

各115.21平方メートル

八階 114.51平方メートル

九階 104.82平方メートル

(二)(1) 東京都中央区新川二丁目二〇八番一二

宅地 56.89平方メートル

(2) 同所同番地一二

家屋番号 二〇八番一二の一

鉄筋コンクリート造陸屋根六階建店舗・事務所・共同住宅

床面積

一階 46.92平方メートル

二階ないし六階

各48.99平方メートル

(三)(イ) 右(一)(2)の建物中、八階部分のうち、103.77平方メートル

(31.39坪、別紙図面(一)赤斜線部分)

(ロ) 右(一)(2)の建物中、九階部分のうち、93.36平方メートル

(28.24坪、別紙図面(二)青斜線部分)

別紙図面(一)(二)<省略>

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